人間言語は実に多様な構造的特徴を見せるが、一方で、すべての言語は同じ生物学的・認知的基盤の上に形成されたシステムである。人間言語の本質を捉えるためには、その構造的多様性とその根底にある普遍性の両面をふまえる必要があることは異論のないところである。しかし、前者と後者のどちらに力点を置くかについては言語研究者の中で大きく意見が分かれる。現在の言語研究で有力な形式理論的研究では言語を人類共通の認知能力の問題として捉え、言語知識の普遍的モデリングを目的とする。その枠組みの中では言語の構造的多様性は表層の派生的現象にすぎず、言語システムの本質的理解には副次的な意味しか持ち得ないとする。しかし、人間言語がすべて同じ生物学的・認知的基盤の上に成り立っているという発達上の単一性は、そのまま人間言語能力の発現形としての個別言語の構造的画一性を保証するものではない。言語の構造的多様性の幅が普遍的なモデルでのとりまとめを許すか否かは、未だ経験的な立証を待つ問題である。言語の一次データに基づいて個々の言語のシステム性を捉えようとする記述的研究では、西欧言語学の伝統の中で「言語分析の基礎」として確立された枠組みやカテゴリーが有効に適用できないケースが多く報告されてきた。その中で、特に、非印欧語型の言語の記述に携わる言語学者、また、多様な構造をもった数多くの言語での事実を踏まえた通言語的、類型論的なアプローチをとる言語学者の間で、異なった言語タイプ間の構造的差異の深さが強く認識され、従来の欧米大言語ベースの普遍的言語理論の展開を反省し、その根本的枠組みを問い直す必要があるという機運が高まってきている。そこで本プロジェクトでは、言語の構造の様々な面での多様性にかんして言語研究者コミュニティー内での認識を高め、その中で、構造的多様性を人間言語の基本的性質の一部としてふまえた言語記述・理論研究のあり方及び一般言語研究の目指すべき方向を明らかにすることを目的として共同研究活動を展開していく。阿部 優子江畑 冬生蝦名 大助加藤 昌彦加藤 重広佐久間淳一笹原 健笹間 史子沈 力月田 尚美藤原加奈江町田 健籾山 洋介吉田 一彦言語の構造的多様性と言語理論(主査:中山俊秀/所員7、共同研究員14)重点共同研究プロジェクト20アジア・アフリカ言語文化研究所◆ナミビア東北端の町カティマ・ムリロの市場で川向こうのザンビアとの間での人々の往来も盛んである。(2002年9月、永原陽子撮影)
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