フィールドプラス no.2
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ニューアイルランド島ポートモレスビー1111Field+ 2009 07 no.2パプアニューギニアニューアイルランド島の村落部に住む「混血」の華人女性。コプラの集積所に遊びにきた「混血」の華人男性。 海外に居住する中国系移民のアイデンティティの基盤としてしばしば強調されるのが血縁と地縁である。血縁に関しては、中国人社会における父方の姓を同じくする者同士の関係が重視されることが多く、また地縁に関しては、中国における出身地を同じくする者たちの仲間意識が強調される傾向がある。こうした地縁と血縁によるアイデンティティの説明は、研究者の側からなされるだけでなく、当事者である中国系移民によってもしばしばなされている。 だが、このような父系出自や中国における出身地のみが中国系移民にとって重要性を持つわけではない。特に中国から別の地域へと移住し、他の民族と交流する移民たちにとっては、これらの中国系コミュニティ内部の地縁や血縁は、必ずしも絶対的な重要性を持つとは限らないのである。 中国人に限らず、移住は他の民族とのさまざまな形での接触をともなう。異なる民族との結婚はその最たるものといえるだろう。異なる文化的背景を持つ人々との結婚や、それにともなう子供の誕生は、中国系移民のコミュニティの性格を大きく変化させる可能性を持っている。そのため他民族食事をする「混血」の華人男性(右)とその友人のニューアイルランド島出身者。華人の血を引くニューアイルランド島の現地住民の家族。との婚姻や「混血」華人の誕生は、前述した中国系移民のアイデンティティの基盤とされる、血縁や地縁の意味にも再考を迫るのである。 私が調査をしているパプアニューギニアでは、19世紀末の植民地時代以来、中国系住民が居住してきた。初期の中国人労働者は圧倒的に男性が多く、その中には現地の女性と結婚する者も存在した。そのため現在のパプアニューギニアには、いわゆる中国系住民と現地住民との間に生まれた「混血」の華人が居住している。 これら「混血」の華人たちは、他の華人から排除されてはいない。パプアニューギニアは1975年の独立まで、オーストラリアの統治下に置かれていた。そのためほとんどのパプアニューギニア生まれの華人たちは、英語を使用する小学校に通い、卒業するとオーストラリアの高等学校に留学してきた。「混血」の華人たちも例外ではない。資金に余裕があり、本人にその意思があれば、他の華人たちと同様、オーストラリアで教育を受けてきたのである。また英語教育を受けながらも、華人コミュニティの中で生活する「混血」の華人の中には、いわある「混血」の華人の埋葬の風景。ゆる「中国文化」をよく保持している者も多数存在する。「あの人は『混血』だが、とてもきれいな中国語を話す」と「純血」の華人たちが語るのを聞くのは珍しいことではない。中には中国語の手紙を書くことにより中国の親族と連絡を取り、自分の父親の出身地を実際に訪れたことがあるという「混血」の華人も存在する。現地住民の血を引くことは、別に華人コミュニティからの逸脱を意味しないのだ。 だが同時に、「混血」の華人たちはパプアニューギニアの現地社会との関係も維持している。特にパプアニューギニア北東部に位置するニューアイルランド島の華人たちは、様々なかたちで現地社会と密接に関係している。ニューアイルランド島の諸社会は、母親から子供に母系親族集団の成員権や財産権が受け継がれる、いわゆる母系社会である。そのため自分の祖先に現地住民を持つ「混血」の華人たちは、母方親族を通じることにより母系社会の一員となり、一族が所有する土地を受け継ぐ権利を持つことが可能になるのである。例えばパプアニューギニア生まれの華人男性とニューアイルランド島出身の女性の間に生まれた、ある「混血」の男性は、小学校卒業後、パプアニューギニア各地の自動車修理工場や金鉱山等で働いた。現在、彼は首都ポートモレスビーで働いているが、近い将来、故郷であるニューアイルランド島に帰って運送会社を始めるつもりだ、と語ってくれた。会社を始めるに際し、彼は母の一族から土地を譲り受け、そこで暮らしながら事業を始める計画を立てている。この男性はそれまで他の華人が経営する会社で働いてきたが、ニューアイルランド島に帰れば、現地の母系親族たちが生活の手助けをしてくれるだろう、と説明してくれた。 このような「混血」の華人たちにとっては、中国系住民のコミュニティにおける、父系出自に基づく血縁関係や、中国における出身地の地縁関係は、自己のアイデンティティを決定する唯一の条件というわけではないようである。むしろ「混血」という自己の属性の中で、父系出自や地縁関係は、状況に応じて選ばれる選択肢のような位置づけにあるようだ。「混血」から見る血縁と地縁パプアニューギニア、ニューアイルランド島の華人たち市川 哲いちかわ てつ / AA研ジュニアフェロー、立教大学観光学部プログラム・コーディネーター

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