フィールドプラス no.2
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プーケット8Field+ 2009 07 no.2プーケット県カトゥー郡の本頭公廟。 タイのプーケットといえば、南国のリゾートとして有名だ。しかしプーケットがもつもうひとつの顔については意外に知られていない。それはタイにおけるババ・チャイニーズのメッカとしての顔である。ババというのは東南アジアの土着化した中国人のことである。本当はもう少し細かい説明が必要なのだが、まずは彼らの廟を訪ね、そのユニークな宗教信仰をみてみよう。 プーケットは19世紀にペナン(現マレーシア領)から大量の中国福建省出身者を導入して錫鉱山開発が進められたという歴史をもつ。それだけに、島内には実に多くの中国廟がある。そのなかでも、土着文化との融合をよく示しているのが土地神の廟である。 タイ、マレーシア、シンガポールの中国系住民が祀る土地神として特に人気があるのは、本頭公、大伯公、福徳正神(以下、本頭公で統一する)などである。プーケットではこれらは同じ神の別名だと考えられており、一般には杖をついた老人の姿で表現される。そのほか、南タイの土着民(仏教徒タイ人)の民間信仰で崇拝されるポーター(あるいはターのみ)という土地神も、しばしば中国廟に合祀される。人々の説明によれば、本頭公であれポーターであれ、いずれもプラプーム・チャオティー(土地の主という意味)なのであり、両者の区別は曖昧である。 ババの宗教信仰に組み込まれたポーターのなかでも、きわだってユニークなのが、「ポーター・ト・××」と呼ばれる神である。トというのはマレー人の崇拝する土地神の名プーケット福建会館の主祭神となる本頭公(大伯公/福徳正神)。ポーター・ト・ヒンカーオ。称で(ダトとも称する)イスラム教徒であるとみなされている。そのため拝むときに豚肉や酒を供えてはならない。この神はそれぞれに固有名をもっており、たとえばプーケット旧市街北部を取り巻く山はト・セの管轄とされており、市郊外にはト・サミンラー、ト・タミン、ト・ヒンカーオなどの神が鎮座する。 これらイスラム教徒とされる土地神であるが、その祀りかたがおもしろい。祀られる場所については、中国廟に合祀するか、あるいは単独の廟をもつかであるが、単独の廟で祀る場合も、入口に玉皇上帝(中国人にとっての最高神)を祀る天公壇を設けるなど形式は中国廟に準じている。 イスラム教徒たるポーターには、廟によって神像をもつ場合ともたない場合がある。イスラム教は元来偶像崇拝を禁じているはずなので、神像があること自体が奇妙なのだが、この神像にもさまざまなバリエーションがある。白い帽子をかぶり、大きい眼と彫りの深い顔のいかにもアラブ然としたものや、まるで本頭公そっくりの好々爺から、虎の顔をして上半身裸で手は鋭い爪を立てている姿まである。この最後の例というのは、未開の原野を開拓するにあたり、虎など野生動物の襲撃をおそれた人々が土地神にすがったという経緯を反映しているようである。ところで本頭公もまた、虎に変身することができるといわれる場合もあり、虎のイメージが中国系住民と土着信仰との橋渡しをしている面がある。本頭公そっくりの好々爺については、その神ポーター・ト・セ廟。七星娘廟(チッセーニァオ:織女を祀る)の一角にタイ風の小祠で祀られるト・セ。像をデザインしたあるババが、瞑想をしていて心に浮かんだものをそのまま絵に描いて彫刻してもらったというから、本頭公についてのイメージがそのままイスラム教徒とされる土地神に反映されたかっこうである。 神像をもたないポーター・トの場合、小祠をもってそれに代える。これは小さな家屋状のかたちをしており、仏教徒タイ人のあいだで広くみられる土地神(プラプーム・チャオティー)の祠と同じである。たとえばある廟の場合、中国廟の敷地にタイ式の小祠が建てられ、そこにはイスラム教のポーター・ト・セが祀られている。 中国廟で祀られることの多いイスラム教徒の土地神であるが、その祭日はタイ仏教徒の方式に従う。たとえばポーター・ト・セの一部が、タイ暦四月の第一木曜を誕生日とすることなどがその例である(タイ人は一般に曜日で誕生日を数える習慣をもつ)。 中国系移民たちにとって、移住先の土地神とは先住者の神にほかならなかった。そのため土地神信仰には、ホスト社会の民間信仰との習合が特に顕著にみられるのである。現在でもそうした廟には、福建系ババのみならず、仏教徒タイ人やイスラム教徒までもが参詣しているのをみることができる。土着信仰を無差別に取り込む土地神の廟は、地域の人にとって心のよりどころであり、また多民族・多宗教社会をつなぐ接着剤でもある。大乗仏教系の廟(三世諸仏廟)に祀られるト・セ。タイ南タイ・プーケットのババ文化にみる土地神崇拝片岡 樹かたおか たつき / 京都大学大学院、AA研共同研究員

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