現在、私たちアジア・アフリカ言語文化研究所は、文部科学省の特別教育研究経費に基づく「中東イスラーム研究教育プロジェクト」を遂行しております。中東およびイスラーム地域に関しては、日々テロや戦争がニュースとなり、犠牲者の数ばかりが報道されます。だが、これらの地域が実際にどのようなところで、住んでいる人々がいかなる歴史と文化を持っているのかはあまり知られておりません。そのような基礎的情報を広く一般に公開することも、私たちのプロジェクトの重要な目的のひとつです。
「鮮麗なる阿富汗 一八四八」と題された今回の企画展示は、現在まさに戦闘が続いており、日本の関わり方が焦点となっているアフガニスタンの、160年前の伝統的な風俗や習慣を伝えるものです。展示されるのは本研究所が国内で唯一所蔵する、ジェームズ・ラットレーというイギリス軍の中尉が描いたスケッチをもとにした石版画(リトグラフ)30点です。原版は長文の解説文とともに製本書物の形をとって1848年に出版され、軍人や王族・貴族の登録者だけに限定して配布されました。そのため世界的にも貴重な作品であり、本邦では初公開となります。本展覧会では、高精度の複製を展示していますが、細密で慎重なデジタル修復の結果、原版の風合いを損なわぬままに美しく仕上がっています。
この石版画の成立も戦争と無関係ではありません。この1838年にアフガニスタンに傀儡政権を立てるために侵攻したイギリス軍は、1842年に完全撤退するまで、アフガニスタンの各地で戦闘を繰り広げました(第一次イギリス・アフガン戦争)。現在もイギリス軍はアフガニスタン南部に派遣されていますが、160年前にも同じようにアフガニスタンで戦っていたのです。ただし、現在と大きく異なるのは、アフガニスタンがイギリス人の旺盛な知的好奇心の対象であったことです。英領インド軍の一員であった作者ラットレーは、現地語にも堪能で、アフガニスタンの人々と直接言葉を交わすことができました。彼がこのような見事なスケッチを残したのも、アフガニスタンの風俗・習慣への強い興味のゆえなのです。
もちろん、当時のイギリス人の東洋趣味や偏見が、彼の作品および彼自身によるその解説に、色濃く反映していることは言うまでもありません。それでもなお、彼が描いた鮮麗なアフガニスタンの風景や人々の肖像画は、過去も現在も繰り返される大国主導の戦争の影に、かくも豊かな文化的伝統が存在することを、私たちに教えてくれるのです。
この展覧会は、私たちアジア・アフリカ言語文化研究所の研究成果を広く公開し、みなさまのご理解とご支援を賜りたいと企画されたものです。率直なご感想、ご意見を頂戴できれば幸いです。
アジア・アフリカ言語文化研究所 所長 大塚和夫
展示担当 近藤信彰
2007年10月29日
■スタッフ
[主催]
東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所
[監修]
近藤信彰(AA研)
黒木英充(AA研)
[制作実行委員]
小田昌教(中央大学)
前村恵
[制作協力]
井浦千砂(東京藝術大学大学院)
[修復・複製・額装]
TRCC 東京修復保存センター
[WEBサイト制作]
小田昌教
鎌田幹子
[図録翻訳]
小澤一郎(東京大学大学院)
登利谷正人(上智大学大学院)
[図録校閲・調整]
渡部良子
前村恵
[図録編集]
木村滋(春樹社)
[図録装丁]
柴永文夫
中村竜太郎
[映像制作]
小田マサノリ
[会場ガイド]
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[同時通訳]
株式会社ディプロマット
[印刷]
株式会社プリント永山
[図録デザイン]
DPT柴永事務所
[図録印刷・製本]
凸版印刷株式会社
[協力]
大屋佳枝
千葉淑子
畑尾朋子
村上直子