『イスラーム世界がよくわかるQ&A100』
7. 家族のきずなが強い理由 ----- 女性は抑圧されているか
Q94: イスラーム教徒の女性はヴェールをかぶらなくてはならないのですか。

A94: この「ヴェール」は今日「ヒジャーブ」と呼ばれるものを指すと思われますが、ヒジャーブの着用について、教義の面と社会通念の面に分けてお答えしたいと思います。

まず、イスラーム的観点から、ヒジャーブの着用は義務(ワージブ)とみなされるか、という問題ですが、これに関しては諸説あります。義務とみなす人は、主としてコーランの次の章句とさまざまなハディースをその根拠としています。
それから女の信仰者にも言っておやり、慎み深く目を下げて、陰部は大事に守っておき、外部に出ている部分はしかたがないが、そのほかの美しいところは人に見せぬよう。胸には蔽いをかぶせるよう。(二四章三一節)
ここで「蔽い」と和訳されているものの原語は「ヒジャーブ」ではありません。また、「しかたがない」「外部に出ている部分」とはどの範囲を指すのか明瞭ではありません。少なくとも、ここからだけでは「コーランは体をすべて覆うヒジャーブの着用を義務づけている」と言えないことは確かです。どんな材質のものでどの程度体を覆うべきかは、この章句やさまざまな伝承をどう受けいれ、どう解釈するか、という問題となり、現在、すべてのイスラーム教徒の女性に拘束力のある決定はなされていません。

ただし、社会通念上、露出度の高い服を着た女性を、モラルにもとる、挑発している、とみなすところでは、イスラーム法解釈の如何を問わず、まともに社会生活を営むためにはヒジャーブを身につけなくてはならない、ということになります。

イスラーム教徒が支配的な社会の多くでは、ヒジャーブは、次のような意味を持つ「しるし」であると考えられます。それは、ヒジャーブ着用している者は、男性と対になるべき女性である、ということ。ですから子どもは普通着用しません。それから、倫理的な規範を侵して男性を誘惑しない、ということの証でもあります。平たく言えば「ちゃんとした女の人」である、という外見をつくり、男性を安心させる道具なのです。

「しるし」としてのヒジャーブの役割は、日本のサラリーマン社会におけるネクタイのようなものだと考えられます。どちらも、その着用者が社会的規範を尊重している、したがって信用に値する、と見せるのに有効な外見をつくるものです。

西欧社会が、ヒジャーブ問題について神経質すぎることがかえって一部のイスラーム教徒の強硬な態度を誘発していることにも気をつけなくてはいけないでしょう。確かに、イランのようにヒジャーブの着用を強要することは、男女平等や表現の自由に不当な制限を加えている、と言えるでしょうが、彼女らが、これは自分たちの固有の文化である、と主張する余地も認めるべきでしょう。また、ヒジャーブが、女性の社会参加を助成する面があることにも目を向けてほしいと思います。ヒジャーブを身につけることによって、公的な場、親族以外の男性の前でも女性である自分の尊厳を示し、男性との「適正距離」を保って活動できることを可能にしているのです。

母や近しい年輩女性の生活スタイルと慣習をそのまま踏襲し、女性イスラーム教徒のあるべき服装としてヒジャーブを身につける女性は現在でも相当数いるわけですが、そればかりでなく、近年、エジプトや東南アジアの都市部で近代的な生活をしている女性が、あえてヒマールなどとよばれる、頭をカトリックの尼僧のように覆う格好で外出することが増えていることが注目されています。これを「復古主義」とみなしたり「イスラム原理主義」の勢力拡大と危険視する人もいます。ここで、注意すべきは、彼女らの服装は、スタイルも材質も、いわゆる「伝統的」な衣装と同一ではなことです。彼女らのスタイルは、前近代的な服装というよりも、彼女らなりの主張をこめたヒジャーブの現代バージョンであり、短絡的西欧化への抵抗とイスラームの再評価を示してはいますが、復古的とみなすのは不適切です。

なお、ヒジャーブの下では何でも好きな服を着てかまいません。ヒジャーブの下に、およそ伝統とはかけ離れたデザインのドレスや、Tシャツにジーンズといった格好をしていることも稀ではないのです。

また、男性の服装に関して、トルコ帽やターバンで頭髪を覆うことは今日ではさほど一般的ではなくイスラーム法にも規定はありませんが、長袖・長ズボンで肌の露出を慎む方がのぞましいようです。

  *チャードル
  ペルシア語でテントを意味する。女性が身体を覆う半円形の布。顔は覆わない。アラビア語ではアバーヤ。トルコのポウ(白いスカーフ)、インドネシアのジルバブなど、ヒジャーブの材質やデザインは多様である。
line
Q&A TOP第1章目次第2章目次第3章目次第4章目次第5章目次第6章目次第7章目次