1.1.文字と発音の基礎

 スィンディー語は、2種類の文字を使って表記されています。パーキスターンでは、アラビア語を表記するアラビア文字に改良を加えたスィンディー文字を用います。インドでは、そのスィンディー文字に加えて、アラビア文字に接する機会が少ないヒンドゥー教徒のことを考慮して、ヒンディー語を表記するデーヴァナーガリー文字も用いられています。このデーヴァナーガリー文字は、インド政府がその使用を推奨していますが、それほど普及しているとは言えません。
 本講座では、使用者人口が多いスィンディー文字を中心に説明をします。また本講座では、スィンディー語を表記するアラビア文字を「スィンディー文字」と呼ぶことにします。アラビア語を表記するアラビア文字が28文字からなっているのに比べ、スィンディー文字は、その倍近い52文字からなっています。アラビア語にはない、スィンディー語の音を表記するために文字数が増えているためです。
 また、パーキスターンの国語であるウルドゥー語や、ペルシャ語がナスターリークという書体で書かれるのに対して、スィンディー語は、アラビア語と同じナスフという書体で書かれます。
 ここでは、52の文字がそれぞれどのような形をしていて、どのような音を表すのかをみていくことにします。実際に書かれる場合には、文字はつながった形で書かれますが、まず単独で書かれる場合の形(独立形)とその発音要領を挙げます。
 ( )で囲まれたローマ字は、発音の手助けのために本書で用いる転写記号です。スィンディー文字では、原則として語中や語尾の短母音を表記できません。ですから、こうした補助記号がないと正確な発音がわからない場合が少なからずあります。本講座では、スィンディー文字とともに原則としてこの転写記号を示すことにします。
また、参照用にそれぞれの文字に対応するデーヴァナーガリー文字も付してあります。デーヴァナーガリー文字については、あとで説明します。

スィンディー文字 文字の名称 カタカナ デーヴァナーガリー文字 発音要領
▻▻▻ ا alif アリフ 語頭では、短母音「ア a 」、「イ i 」、「ウ u 」のうち、どれか1つを表します。語中や語尾に用いられた場合は、常に「アー」という長母音を表します。
語頭では、別の文字 يをともなって、「イー」「エー e 」「アェー ai 」、 وをともなって「ウー」や「オー o 」「アォー au 」という長母音を表します。また、語頭の長母音「アー」は、この文字単独で表記しますが、マッダという省略できない記号を加えます。
▻▻▻ ب be ベー 両唇有声無気閉鎖音。日本語の「バ」行から母音を除いた音です。本書では b と表します。
▻▻▻ ٻ b̄e ベー ॿ 両唇有声入破音。日本語にはない音です。最初は日本語の「バ」行で代用してもかまいません。あとで解説する、「入破音の発音要領」を参照してください。本書ではと表します。
▻▻▻ ڀ bʰe ベー 両唇有声有気閉鎖音。日本語では「バ」行に聞こえる、普段区別されていない音です。最初は日本語の「バ」行で代用してもかまいません。あとで解説する「有気音の発音要領」を参照してください。本書ではと表します。
▻▻▻ ت te テー 歯無声無気閉鎖音。日本語の「タ」、「テ」、「ト」から母音を除いた音に近い音です。本書では t と表します。
▻▻▻ ٿ tʰe テー 歯無声有気閉鎖音。日本語では「タ」行に聞こえる、普段区別されていない音です。最初は「タ」、「テ」、「ト」で代用してもかまいません。あとで解説する「有気音の発音要領」を参照してください。本書ではと表します。
▻▻▻ ٽ ṭe テー 反舌無声無気閉鎖音。上歯の後ろ側に広がる硬い部分(硬口蓋といいます)に舌の裏側をつけた状態で、「タ」、「テ」、「ト」を発音します。これも最初は「タ」、「テ」、「ト」で代用してもかまいません。本書ではと表します。
▻▻▻ ٺ ṭʰe テー 反舌無声有気閉鎖音。 ٽ ṭe と同じ要領で発音する有気音です。あとで解説する「有気音の発音要領」を参照してください。本書では ṭʰ と表します。
▻▻▻ ث s̤e セー 歯茎無声摩擦音。日本語の「サ」、「セ」、「ソ」から母音を除いた音と同じ音です。本書ではと表します。
▻▻▻ پ pe ペー 両唇無声無気閉鎖音。日本語の「パ」行から母音を除いた音に相当します。本書では p で表します。
▻▻▻ ج jīm ジーム 硬口蓋有声無気破擦音。日本語の「ジャ」行から母音を除いた音に相当します。本書では j と表します。
▻▻▻ ڄ j̄e ジェー 硬口蓋有声入破音。日本語にはない音です。最初は「ジャ」行で代用してもかまいません。あとで解説する「入破音の発音要領」を参照してください。本書ではと表します。
▻▻▻ جھ jʰe ジェー 硬口蓋有声有気破擦音。 ج jīm と同じ要領で発音する有気音です。最初は「ジャ」行で代用してもかまいません。あとで解説する「有気音の発音要領」を参照してください。本書ではと表します。
▻▻▻ ڃ ňe ニェー 硬口蓋有声鼻音。日本語の「ニャ」行から母音を除いた音です。本書ではと表します。
▻▻▻ چ ce チェー 硬口蓋無声無気破擦音。日本語の「チャ」行から母音を除いた音です。本書では c と表します。
▻▻▻ ڇ cʰe チェー 硬口蓋無声有気破擦音。 چ ce と同じ要領で発音する有気音です。あとで解説する「有気音の発音要領」を参照してください。本書ではと表します。
▻▻▻ ح ḥe ヘー 咽頭無声摩擦音。日本語の「ハ」、「ヘ」、「ホ」から母音を除いた音です。本書ではと表します。
▻▻▻ خ xe ヘー ख़ 口蓋垂無声摩擦音。 ح ḥe よりも奥で出す音です。うがいをするときにでる音が、比較的近い音です。また、インドのスィンディー語話者にはと発音する人がいます。本書では x と表します。
▻▻▻ د dālu ダール 歯有声無気閉鎖音。日本語の「ダ」、「デ」、「ド」から母音を除いた音に近い音です。本書では d と表します。
▻▻▻ ڌ dʰe デー 歯有声有気閉鎖音。 د dālu と同じ要領で発音する有気音です。あとで解説する「有気音の発音要領」を参照してください。本書ではと表します。
▻▻▻ ڏ ḍ̄e デー 反舌有声入破音。日本語にはない音です。あとで解説する「入破音の発音要領」を参照してください。本書では ḍ̄ と表します。
▻▻▻ ڊ ḍe デー 反舌有声無気閉鎖音。 ٽ ṭe と同じ要領で「ダ」、「デ」、「ド」を発音します。本書ではと表します。
▻▻▻ ڍ ḍʰe デー 反舌有声有気閉鎖音。 ڊ ḍe と同じ要領で発音する有気音です。あとで解説する「有気音の発音要領」を参照してください。
▻▻▻ ذ z̠ālu ザール ज़ 歯茎有声摩擦音。日本語の「ザ」、「ゼ」、「ゾ」から母音を除いた音です。本書ではと表します。
▻▻▻ ر re レー 歯茎有声流音。日本語の「ラ」行に近い音です。本書では r と表します。
▻▻▻ ڙ ṛe レー ड़ 反舌有声流音。 ٽ ṭ ڊ ḍ を発音する要領で、「ラ」行を発音します。本書ではと表します。
▻▻▻ ز ze ゼー ज़ 歯茎有声摩擦音。 ذ z̠ālu と同じ音を表します。本書では z と表します。
▻▻▻ س sīnu スィーン 歯茎無声摩擦音。 ث s̤e と同じ音です。本書では s と表します。
▻▻▻ ش šīnu シーン श, ष 硬口蓋無声摩擦音。日本語の「シャ」行と同じ音です。本書ではと表します。
▻▻▻ ص ṣwād スワード 歯茎無声摩擦音。 ث s̤e س sīn と同じ音です。本書ではと表します。
▻▻▻ ض ẓwād ズワード ज़ 歯茎有声摩擦音。 ذ ẓālu ز ze と同じ音です。本書ではと表します。
▻▻▻ ط t̤oe トーエ 歯無声無気閉鎖音。 ت te と同じ音です。本書ではと表します。
▻▻▻ ظ z̤oe ゾーエ ज़ 歯茎有声摩擦音。 ذ z̠ālu ز ze ض ẓwād と同じ音です。本書ではと表します。
▻▻▻ ع `ain アイン スィンディー語では、 ا alif と同様に、さまざまな母音を表します。単語ごとに発音は異なるので、それぞれ覚える必要があります。
▻▻▻ غ ǧain ガイン ग़ 口蓋垂有声摩擦音。 xe と同じ場所から出す有声音です。日本語にはない音です。最初は「ガ」行で代用してもかまいません。本書ではと表します。
▻▻▻ ف fe フェー फ़ 唇歯無声摩擦音。英語の単語fineの語頭に来る音と同じです。本書では f と表します。
▻▻▻ ڦ pʰe ぺー 両唇有声無気閉鎖音。 پ pe と同じ要領で発音する有気音です。あとで解説する「有気音の発音要領」を参照してください。本書ではと表します。
▻▻▻ ق qāfu カーフ क़ 軟口蓋無声無気閉鎖音。日本語の「カ」行から母音を除いた音です。次の ڪ kāfu と同じ音を表しますが、文字上の差を示すため、本書では q と表します。
▻▻▻ ڪ kāfu カーフ 軟口蓋無声無気閉鎖音。 ق qāfu と同じ音です。本書では k と表します。
▻▻▻ ک kʰe ケー 軟口蓋無声有気閉鎖音。 ق qāfu ڪ kāfu と同じ調音点で発音する有気音です。最初は「カ」行で代用してもかまいません。あとで解説する「有気音の発音要領」を参照してください。本書ではと表します。
▻▻▻ گ gāfu ガーフ 軟口蓋有声無気閉鎖音。日本語の「ガ」行から母音を除いた音です。本書では g と表します。
▻▻▻ ڳ ḡe ゲー 軟口蓋有声入破音。日本語にはない音です。最初は「ガ」行で代用してもかまいません。あとで解説する「入破音の発音要領」を参照してください。本書ではと表します。
▻▻▻ گھ gʰe ゲー 軟口蓋有声有気閉鎖音。 گ gāfu と同じ要領で発音する有声音です。最初は「ガ」行で代用してもかまいません。あとで解説する「有気音の発音要領」を参照してください。本書ではと表します。
▻▻▻ ڱ ṅe ゲー 軟口蓋有声鼻音。日本語の「カンガエル(考える)」や「サンガイ(三階)」に現れる「ガ」から母音を除いた音です。本書ではと表します。
▻▻▻ ل lāmu ラーム 歯茎有声側音。本書では l と表します。
▻▻▻ م mīmu ミーム 両唇有声鼻音。日本語の「マ」行から母音を除いた音です。本書では m と表します。
▻▻▻ ن nū̃ ヌーン 歯有声鼻音。日本語の「ナ」行から母音を除いた音です。本書では n と表します。
▻▻▻ ڻ ṇūṇu ヌーン 反舌有声鼻音。 ڙ ṛ の鼻音化した音です。日本語にはない音です。最初は「ナ」行で代用してもかまいません。本書ではと表します。
▻▻▻ و vāo ワーオ 母音、半母音、唇歯有声摩擦音。本書では w または v と表します。また、語中や語尾で母音を表す場合、 o au と転写します。語頭では ا alif ع `ain とともに現れて、「ウー」「オー o 」「アォー au 」を表します。
▻▻▻ ھ he ヘー 咽頭無声摩擦音。 ح ḥe と同じ音です。本書では h と表します。
▻▻▻ ء alifu hamzo アリフ ハムゾー 特定の音を表す文字ではありません。この文字の働きは大きく分けて2つあります。まず、連続する2つの母音を示す記号としての働きがあります。2つめとして、語末に母音連続が現れた場合、あとの母音が短母音であれば、この記号を用います。具体的には、 ءَ -a や、 ءِ -i ءُ -u と表記、発音されます。一人称単数人称代名詞主格「私」についても、この文字を用いて、 آءُ‍ٗ āū̃ と表記、発音することがあります。
▻▻▻ ي ye イェー 母音、半母音。本書では半母音を表す場合には、 y と表します。また、語中、語尾で母音を表す場合、 e ai と転写します。語頭では、 alif ع `ain とともに現れて、「イー」「エー e 」「アェー ai 」を表します。


 では、上記のスィンディー文字が、実際にどのように書かれるかを、見てゆきましょう。

尾字 中字 頭字 独立字
‍ا ‍ا ‍ا ا
‍ب ‍ب‍ ب‍ ب
‍ڀ ‍ڀ‍ ڀ‍ ڀ
‍ٻ ‍ٻ‍ ٻ‍ ٻ
‍ت ‍ت‍ ت‍ ت
‍ٿ ‍ٿ‍ ٿ‍ ٿ
‍ٽ ‍ٽ‍ ٽ‍ ٽ
‍ٺ ‍ٺ‍ ٺ‍ ٺ
‍ث ‍ث‍ ث‍ ث
‍پ ‍پ‍ پ‍ پ
‍ج ‍ج‍ ج‍ ج
‍ڄ ‍ڄ‍ ڄ‍ ڄ
‍جھ ‍جھ‍ جھ‍ جھ
‍ڃ ‍ڃ‍ ڃ‍ ڃ
‍چ ‍چ‍ چ‍ چ
‍ڇ ‍ڇ‍ ڇ‍ ڇ
‍ح ‍ح‍ ح‍ ح
‍خ ‍خ‍ خ‍ خ
‍د ‍د‍ د‍ د
‍ڌ ‍ڌ‍ ڌ‍ ڌ
‍ڏ ‍ڏ‍ ڏ‍ ڏ
‍ڊ ‍ڊ‍ ڊ‍ ڊ
‍ڍ ‍ڍ‍ ڍ‍ ڍ
‍ذ ‍ذ‍ ذ‍ ذ
‍ر ‍ر‍ ر‍ ر
‍ڙ ‍ڙ‍ ڙ‍ ڙ
‍ز ‍ز‍ ز‍ ز
‍س ‍س‍ س‍ س
‍ش ‍ش‍ ش‍ ش
‍ص ‍ص‍ ص‍ ص
‍ض ‍ض‍ ض‍ ض
‍ط ‍ط‍ ط‍ ط
‍ظ ‍ظ‍ ظ‍ ظ
‍ع ‍ع‍ ع‍ ع
‍غ ‍غ‍ غ‍ غ
‍ف ‍ف‍ ف‍ ف
‍ڦ ‍ڦ‍ ڦ‍ ڦ
‍ق ‍ق‍ ق‍ ق
‍ڪ ‍ڪ‍ ڪ‍ ڪ
‍ک ‍ک‍ ک‍ ک
‍گ ‍گ‍ گ‍ گ
‍ڳ ‍ڳ‍ ڳ‍ ڳ
‍گھ ‍گھ‍ گھ‍ گھ
‍ڱ ‍ڱ‍ ڱ‍ ڱ
‍ل ‍ل‍ ل‍ ل
‍م ‍م‍ م‍ م
‍ن ‍ن‍ ن‍ ن
‍ڻ ‍ڻ‍ ڻ‍ ڻ
‍و ‍و‍ و‍ و
‍ھ ‍ھ‍ ھ‍ ھ
‍ي ‍ي‍ ي‍ ي
سکا کا ک‏ ‏ا
سگا گا گ‏ ‏ا
کل ک‏ ‏ل
گل گ‏ ‏ل
لا ل‏ ‏ا
کلا ک‏ ‏ل‏ ‏ا
گلا گ‏ ‏ل‏ ‏ا

1.1.1.有気音(帯気音)の発音要領
 有気音は、肺からの強い呼気をともなって出される音です。帯気音とも呼ばれます。 ڦ (pʰ) を例に取ると、日本語の「パ」行の音を、口の前に置いたハンカチが、口から出る空気で揺れるように発音するようにします。「パハ」とならないように注意してください。同じ要領で、 k j t などを発音すると有気音になります。スィンディー語には有気音がたくさんあるので、よく練習してください。
 日本語においても、たとえばスポーツの観戦の時、自分が応援するチームが勝ったときに、思わず「勝った!」と口走ることがあると思いますが、そのときの「カ」は、自然と有気音になっているはずです。

1.1.2.入破音(内破音とも)の発音要領
 入破音は、声門閉鎖音と呼ばれる音の1種です。日本語に用いられるすべての言語音や、スィンディー語の多くの言語音は、肺から出る空気が鼻や口を通るときに何らかの邪魔が入ることにより、つくられます。それに対して入破音は、口から入った空気が肺に行かずにそのまま、また口から出るときにつくられます。このように説明すると、非常に難しく感じられると思いますが、次の要領で練習してみてください。
 日本語では、驚いたときに「あっ!」という声が思わず出ます。その声が出た瞬間には声門という喉の奥にある部分が一瞬閉じられます。その閉じた状態を維持しながら ب (b) ج (j) ڊ (ḍ) گ (g) を発音すると、入破音になります。本書で扱うスィンディー語中央方言には、4つの入破音があります。

1.1.3.母音の発音要領
 スィンディー語には長母音が7つ、短母音が3つあります。また、それぞれの母音に対して、鼻音化された母音があります。
 短母音3つは、日本語の「ア a 」「イ i 」「ウ u 」と同じだと考えて差し支えありません。ただ、「ウ u 」については日本語の「ウ」よりも唇を丸めるように心がけてください。「エ e 」「オ o 」については、それぞれ「イ」「ウ」の異音と考えますので、転写記号では長短の区別をしていません。
 長母音7つのうち3つは、短母音3つが長く発音されると考えてください。すなわち、日本語の「アー」「イー」「ウー」とほぼ同じ音です。「ウー」については、短母音の「ウ」と同様唇を丸めるようにして発音します。「エー e 」「オー o 」についても、日本語とほぼ同じです。
 残りの2つの長母音は、本書ではそれぞれ転写記号では ai au と、書かれています。 ai は英語のcatに見られる/a/の発音が、 au は、英語のcoat/oa/の発音が相当します。 ai は「エ」の口の形で「ア」を発音し、 au は「ア」の口の形で「オ」を発音すると、近くなります。
 鼻音化母音については、それぞれの母音の発音のあとに鼻から抜けるように発音します。たとえば、「ア」に対して「アン
」、「エー」に対して「エーン」という具合です。

1.1.4.発音上のそのほかの注意
 スィンディー語は、原則としてすべての語が母音で終わります。英語やウルドゥー語の単語が子音で終わることが多いのとは異なります。ただ、実際にスィンディー語を耳にすると、語尾の短母音は非常に軽く発音され、聞き取れないこともあるほどです。語末の母音は、スィンディー語では、文法上重要な働きをするので、正確に発音し、聞き取るように心がけてください。
 なお、アラビア語、ペルシア語からの外来語、英語からの外来語については、もとの発音どおりに、子音で終わることがあります。このような語彙も年月が経って、スィンディー語の語彙として認識されるとともに、発音が変化していきます。
1.2.さまざまな記号と母音の表し方
1.2.1.語頭の長母音
語頭の長母音は、次のようにして表します。
「アー آ もしくは  عا 、 اع アリフの上に「マッド」という記号をつけて表します。この記号がついたアリフは必ず「アー」という発音になります。語頭にのみ現れる記号です。また、アインを伴って現れる場合も、語頭では必ず「アー」という発音になります。
「イー」・「エー e 」・「アェー ai اي もしくは  عي アリフ  ا 、もしくはアイン  ع にイェー  ي をつけて表します。
「ウー (ū) 」・「オー (o) 」・「アォー (au) او もしくは  عو アリフ  ا 、もしくはアイン  ع にワーオ  و をつけて表します。

1.2.2.語中、語末の長母音
アリフ  ا は、語中や語末に来ると、すべて長母音「アー (ā) 」を表します。

イェー  ي は、語中や語末に来ると、 e ai のどれかを表しますが、どれになるかは、単語によって異なるので、いちいち覚える必要があります。

ワーオ  و は、語中や語末に来ると、 o au のどれかを表しますが、どれになるかは、単語によって異なるので、いちいち覚える必要があります。

1.2.3.語頭の短母音
 スィンディー文字では、語頭の短母音を表す文字はアリフ  ا とアイン  ع の2つがあります。ただ、文字の性格上、どの短母音になるかは、発音補助記号なしにはわかりません。つづりとともに、正確な発音を覚える必要があります。発音補助記号については、別の項目でまとめて説明してあります。

1.2.4.語中、語末の短母音
スィンディー文字を使っている場合、表記できません。必要に応じて補助記号を用いますが、補助記号を用いない場合、母音の有無やどんな母音があるのかは、いちいち覚える必要があります。

1.2.5.鼻音化母音
スィンディー文字で表記する場合、鼻音化する母音字の直後に文字 نを付加します。ただし、この文字は子音 n を表す場合もあるので、文字からはその区別をすることができません。具体的には
ميِنھُن
は、「雨」という単語ですが、文字上はm, y(もしくは母音 ī, e, ai のどれか), n, h, nを表す文字が並んでいるだけです。したがって、この単語の発音は文字 يが、母音を表すと限った場合でも
mī̃hũ
mīnhun
mī̃hun
mīnhũ
の4つの可能性があるということになります。母音を示す補助記号がなければ、可能性がある組み合わせはより多くなります。

1.3.補助記号

 先にも触れたとおり、スィンディー語を表記するスィンディー文字は、原則として短母音を表記できません。したがって、単語の読み方を知っていないと、正確な発音はできません。しかし、こうした文字の特徴を補う記号があります。ここでは、そうした記号を説明します。

1.3.1.省略できない記号
آ
「マッド」と呼びます。文字アリフの上に付けられる記号で、原則として語頭にしか現れません。この記号が付くアリフは、常に「アー」という長母音を表します。

ء
「ハムゾー」と呼びます。単語の途中に現れる場合、母音が連続することを示す記号です。たとえば、以下の例を参照してください。
ممبئي  mumbaī ムンバイー
ممبي  mumbī ムンビー
上記の例では、ムンバイーの「バ」にある「ア」と「イー」が連続することを、その間に挟まれたハムゾーが示しています。そのため、この記号がないと、 بの文字には母音が含まれないことになり、結果として「ムンビー」という発音になってしまいます。以下の例も参照してください。
نئون  naū̃  ナウーン
نون  nūnu  ヌーン

この記号は、語末の短母音を表記する際にも用いられます。その場合、以下で説明する「ザバル」「ゼール」「ペーシュ」を伴い、省略はできません。
دريءَ‏ ‏کي  darīa kʰe  窓を
ھيءَ  hīa  これ(指示代名詞)、この人
لاءِ  lāi  ~のために
جاءِ  jāi  場所
ڀاءُ  bʰāu  兄弟
ڌيءُ  dʰīu  娘


ٍ  tanwī̃
「タンウィーン」と呼びます。アラビア語から借用された副詞に限って、常に文字「アリフ」とともに現れます。この記号が付加されたアリフは、常に「アン」と発音されます。
فوراً  fauran  すぐに
مثلاً  mas̤lan  たとえば

1.3.2.注意すべき記号・文字
上記以外にも、スィンディー語では注意すべき表記があります。
آءُ‍ٗ  āū̃
一人称単数形人称代名詞です。一般的には مان  mā̃ が用いられますが、この語彙もしばしば用いられます。

۽  aĩ
順接接続詞(そして)です。文字で表記すると、 عينとなりますが、常に ۽と表記されます。

۾  mẽ
位置格(~で)を示す後置詞です。文字で表記すると、 مينとなりますが、常に ۾と表記されます。

1.3.3.省略可能な記号
上記以外に、省略可能な記号があります。その多くは短母音を補助的に示す記号です。これらの記号は実際の文章では、省略されることが多く、実際にはあまり用いられていません。
َ  (zabara)
子音字とともに現れ、短母音「ア」 (a) を表します。たとえば、 گھَرُ gʰaru では、文字 گھ َ を、文字 ر ُ を伴っています。

ِ  (zeri)
子音字とともに現れ、短母音「イ」 (i) を表します。また、母音を示す يとともに現れて、長母音「イー」 (ī) を表します。たとえば、 ڀِٽِ  bʰiṭi (壁)や、 ڇوڪِريِ  cʰokirī (少女)

ُ  (pešu)
子音字とともに現れ、短母音「ウ」 (u) を表します。また、母音を示す وとともに現れて、長母音「ウー」 (ū) を表します。たとえば、 مُنھِنجو  mũhĩjo (私の)や、 لوُڻُ  lūṇu (塩)

ّ  tašdīda
「タシュディード」と呼びます。促音を表す記号です。
سّٺو  suṭṭʰo (いい、すばらしい)
مّٺو  miṭṭʰo (甘い)

1.4.デーヴァナーガリー文字によるスィンディー語表記
 インドでは、スィンディー語を表記する文字として、スィンディー文字とともに、デーヴァナーガリー文字が用いられています。スィンディー語で用いるデーヴァナーガリー文字は、ヒンディー語のそれと同じだと考えて差し支えありません。ただし入破音については、ヒンディー語を書き表すデーヴァナーガリー文字だけでは表記できないため、新たに付け加えられています。本章では、デーヴァナーガリー文字によるスィンディー語表記法をみてみましょう。
 デーヴァナーガリー文字でスィンディー語を表記すると、スィンディー文字では表記するのが困難であった短母音や、鼻母音か鼻子音かの別もわかります。まず、アルファベットからみていきましょう。それぞれの文字に、対応するスィンディー文字を示しましたので、発音に関しては、そちらを参照するようにしてください。


デーヴァナーガリー文字によるアルファベットの表

a i u e ai o au
ख़ ग़
ka kʰa xa ga ḡa ǧa gʰa ṅa
ज़
ca cʰa ja j̄a za jʰa ňa
ड़ ढ़
ṭa ṭʰa ḍa ḍ̄a ṛa ḍʰa ṛʰa ṇa
ta tʰa da dʰa na
फ़ ॿ
pa pʰa fa ba b̄a bʰa ma
ya ra la wa
ša ṡa sa ha

 上で見たアルファベットは、そのままで短母音 a をともなって発音します。それ以外の母音を表すには、以下のような母音記号を用います。
 また、デーヴァナーガリー文字の場合、スィンディー文字とは異なり、つながり具合によって文字の形が変化するということがありません。ですから、基本的には上に示した文字を覚えれば、スィンディー語を正確に読むことができます。


 を例に具体例をみてみましょう。
का कि की कु कू के कै को कौ
ka kā ki kī ku kū ke kai ko kau
各文字に付加される母音を示す部分は、以下のとおりです。
ि
a i u e ai o au

鼻音化母音を表す場合は、以下のとおりとなります。ここでも、文字を例に見てみます
कँ काँ किं कीं कुँ कूँ कें कैं कों कौं
kã kā̃ kĩ kī̃ kũ kū̃ kẽ kãĩ kõ kãũ

半子音字・結合文字
 子音が連続する綴り(C1C2)の場合、C1の文字は半子音字と呼ばれる形になります。
प्यारु pyāru では、文字が、半子音字となっているのがわかります。

 また、結合文字と呼ばれる文字があります。促音をはじめとして子音が連続する場合、文字の形が変化します。
सुट्ठो suṭṭʰo

1.5.スィンディー語の音韻体系

1.5.1.子音

 スィンディー語で用いられる子音音素は、次の表のとおりです。インドやパキスタンで話されている他の現代インド・アーリヤ諸語と同様、閉鎖音の種類が豊富です。スィンディー語では、そのほかに入破音と呼ばれる、声門閉鎖音の1種があることが特徴です。
 なお、以下の表には「同音異字」は含んでいません。文字の左に1から5までの数字がある文字には、同音異字があります。本表には、もっとも使用頻度の高い文字を挙げてあります。同音異字については、表の下の注意点を参照してください。また、本表のローマ字表記は、文字に慣れるまでの補助記号として用います。

スィンディー語子音音素一覧
両唇音 唇歯音 歯音 反舌音 硬口蓋音 軟口蓋音 咽頭音
無声 有声 無声 有声 無声 有声 無声 有声 無声 有声 無声 有声 無声 有声
閉鎖音 無気 p b t d c j k g
پ ب 1 ت د ٽ ڊ چ ج 2 ڪ گ
有気 ṭʰ ḍʰ
ڦ ڀ ٿ ڌ ٺ ڍ ڇ جھ ک گھ
入破音 ḍ̄
ٻ ॿ ڏ ڄ ڳ
鼻音 無気 m n
م ن ڻ ڃ ڱ
有気 ṇʰ
مھ نھ ڻھ
摩擦音 f v s z x h
ف फ़ و 3 س 4 ز ज़ ش خ ख़ غ ग़ 5 ھ
流音 無気 r
ر ڙ ड़
有気 ṛʰ
ڙھ ढ़
側音 無気 l
ل
有気
لھ
半母音 w y
و ي

注意点
 スィンディー語には次のような同音異字があります。これらの文字は、発音上同じ音を示し、アラビア語やペルシア語からの借用語に用いられます。同じ音を表すからといって、別の文字を用いることはできません。

1 ت te の同音異字
ط t̤oe

2 ڪ kāfu の同音異字
ق qāfu

3 س sī̃ の同音異字
ث s̤e
ص ṣwād

4 ز ze の同音異字
ذ z̠ālu
ض ẓwād
ظ z̤oe

5 ھ he の同音異字
ح ḥe

1.5.2.母音

 スィンディー語の基本母音は以下のとおりです。日本語のそれとほぼ同じだと考えて差し支えありません。 u 「ウ」に関しては、少し唇を丸めるように意識して発音します。
  ai au については、それぞれ「アイ」「アウ」とならないように気をつけてください。
 詳細は、文字と発音の項を参照してください。

母音音素
前舌 後舌
i u
e o
ai au
a

1.6.抑揚・アクセント
 スィンディー語には、日本語のような高低アクセントはありません。たとえば、日本語では「ハシ」という語彙の発音は、アクセントの位置によって、「箸」になったり、「橋」、「端」となりますが、そのような区別はスィンディー語にはありません。
 単語のアクセントは、英語のような強弱アクセントですが、英語ほど厳密ではありません。長母音を含む音節を比較的強く発音しますが、アクセントに関しては、それほど気にする必要はありません。
 文の抑揚も、それほど気にする必要はありません。強調したい部分を強く発音したり、「はい」「いいえ」で答えられる疑問文の文末は強く発音します。

1.7.語順
 スィンディー語の語順は、基本的に日本語と同じSOV型となります。

▻▻▻ ھيءُ‏ ‏ڪتاب‏ ‏آھي‏.‏
hīu kitābu āhe.
ヒーウ(これは) キターブ(本) アーヘー(です)。
これは本です。
▻▻▻ اسين‏ ‏ستين‏ ‏بجي‏ ‏اٿي‏ ‏يونيورسٽيءَ‏ ‏وياسين‏.‏
asī̃ satẽ baje utʰī yūnivarsiṭīa viyāsī̃.
アスィーン(私たちは) サテーン(7) バジェー(時に) ウティー(起きて) ユーニーヴァルスィティーア(大学へ) ヴィヤースィーン(行きました)
私たちは、7時に起きて大学へ行きました。
▻▻▻ ڇا‏ ‏ھو‏ ‏توھان‏ ‏جا‏ ‏دوست‏ ‏آھن؟
cʰā hū tavʰā̃ jā dosta āhini?
チャー フー(彼ら) タヴァーン(あなた) ジャー(の) ドースタ(友人) アーヒン(です)
彼らはあなたの友人ですか?
▻▻▻ ڇا‏ ‏ھيءَ‏ ‏توھانجي‏ ‏گاڏي‏ ‏آھي؟
cʰā hīa tavʰā̃jī gāḍ̄ī āhe?
チャー ヒーア(これ) タヴァーンジー(あなたの) ガーディー(車) アーヘー(です)
これはあなたの車ですか?

 疑問詞を用いる疑問文では、補助動詞の部分が倒置されることがあります。疑問詞を用いない疑問文では、文頭に ڇا cʰā を加えることがあります。
▻▻▻ ھوءَ‏ ‏ڇا‏ ‏ٿي‏ ‏ڪري؟
hūa cʰā tʰī kare?
フーア(彼女は) チャー(何を) ティー(です) カレー(する)
彼女は何をするんですか?
▻▻▻ اسين‏ ‏ڪٿي‏ ‏ٿا‏ ‏ھلون؟
asī̃ kitʰe tʰā halū̃?
アスィーン(我々) キテー(どこ) ター(です) ハルーン(行く)
我々は、どこへ行きますか?

 否定文についても、補助動詞 ٿيڻ tʰiyaṇu が用いられる文の場合、否定辞とこの補助動詞が結びついて倒置される場合があります。
▻▻▻ ھن‏ ‏کي‏ ‏گجراتي‏ ‏نٿي‏ ‏اچي‏.‏
hina kʰe gujarātī natʰī ace.
ヒナ(彼) ケー(には) グジャラーティー(グジャラーティー語) ナティー(ない) アチェー(来る)
彼はグジャラーティー語ができない。
▻▻▻ ھو‏ ‏ڪتاب‏ ‏نہ‏ ‏ٿو‏ ‏پڙھي‏.‏
hū kitābu natʰo paṛʰe.
フー(彼) キターブ(本) ナトー(ない) パレー(読む)
彼は本を読まない。
 否定辞の na は、続けて書いても、分けて書いてもかまいません。

 上記以外でも、スィンディー語で多用される人称接尾辞を用いる文では、日本語と語順が異なる文が現れます。
▻▻▻ چيومانس‏ ‏تہ‏ ‏ھن‏ ‏گھر‏ ‏۾‏ ‏ڪو‏ ‏بہ‏ ‏ماڻھو‏ ‏نہ‏ ‏ھو‏.‏
cayomā̃si ta hina gʰara mẽ ko bi māṇʰū na ho.
チャヨー(言った)マーン(私は)スィ(彼に) タ ヒナ(この) ガラ(家) メン(中に) コー ビ(誰も) マーヌー(人) ナ(ない) ホー(だった)
私は彼に、この家には誰もいなかった、と言った。
▻▻▻ انب‏ ‏کاراياسونن
ãba kʰārāyāsū̃ni
アンバ(マンゴー) カーラーヤー(食べさせた)スーン(我々が)ニ(彼らに)
▻▻▻ ھنن‏ ‏کي‏ ‏انب‏ ‏کاراياسين
hunani kʰe ãba kʰārāyāsī̃
フナン(彼ら) ケー(に) アンバ(マンゴー) カーラーヤー(食べさせた)スィーン(我々)
我々は、彼らにマンゴーを食べさせた。